PR

『法悦のマグダラのマリア』カラヴァッジョ作品の解説

カラヴァッジョ作『法悦のマグダラのマリア』

『法悦のマグダラのマリア』作品解説

カラヴァッジョ『法悦のマグダラのマリア』1606年個人蔵

法悦のマグダラのマリア』は初期バロック美術の巨匠・カラヴァッジョが1606年頃に制作した宗教画です。

カラヴァッジョが死の直前まで手元に置いていた3作品のうちのひとつとして知られていますが、『法悦のマグダラのマリア』が発見されたのは2014年と実は最近のこと。2016年に東京・上野の国立西洋美術館で開催されたカラヴァッジョ展で世界に初公開された際には大変話題になりました。

カラヴァッジョ流マグダラのマリア

法悦に浸るマグダラのマリアの表情

カラヴァッジョが描いた『法悦のマグダラのマリア』は、マリアが今まさに天に昇り法悦に浸っている様子が描かれており、青白い肌、チアノーゼが出ているかと思うほど血の気が失せ半開きの唇、薄く開かれ涙が溜まった瞳は、マリアの意識がこの世にないことを思わせます。

カラヴァッジョが初期に手がけたマグダラのマリアとは全く異なる印象を受ける本作『法悦のマグダラのマリア』は、聖女であるマグダラのマリアをリアリティある生身の女性として描き出しました。

コピー作品が複数存在するマグダラのマリア

カラヴァッジョが制作した『法悦のマグダラのマリア』には、カラヴァッジョ本人によるコピー作品が何点も存在しています。2014年に発見された本作は、そのなかで最も原画である可能性が高いと言われている作品です。

マッダレーナ・クライン

別バージョン『マッダレーナ・クライン』

これまでは、所有者の名前にちなみ名付けられた『マッダレーナ・クライン』と呼ばれるバージョンのマグダラのマリアが原画に近い(ただし原画とは特定できない)と言われてきましたが、2014年に本作が発見されてからは、こちらが本物の原画と考えられるようになりました。

パッと見同じように見える両作ですが、決定的に異なるのはマリアの表情。マッダレーナ・クラインのマリアは、眉のあたりの筋肉で薄目を開けようとしており、おでこに皺が寄っているのが分かります。それに対し本作のマグダラのマリアは、筋肉の力みや皺が見られず弛緩していることから表情の恍惚感が増しています。また、衣服のドレープや陰影の付けかたにも違いが見られます。

マグダラのマリアとは

カラヴァッジョ作品に描かれたマグダラのマリア

カラヴァッジョ作『懺悔するマグダラのマリア』『キリストの埋葬』『聖母の死』

マグダラのマリアは聖書に登場する女性で、キリストに七つの悪霊を退治してもらい、キリストの磔刑や埋葬に立ち会い、キリストの復活を目の当たりにしたとされる聖女です。

マグダラのマリアはこれまで絵画を始めとする芸術作品に数多く登場しており、マグダラのマリアがキリストの妻であったとする文学作品や映画が発表されたこともありました。

カラヴァッジョの宗教画では初期に描かれた『懺悔するマグダラのマリア』ほか、『キリストの埋葬』『聖母の死』などでもその姿を見ることができます。

マグダラのマリアの法悦

ほう‐えつ〔ホフ‐〕【法悦】の意味
1 仏の教えを聞き、それを信じることによって心にわく喜び。法喜。
2 うっとりとするような喜び。エクスタシー。「法悦にひたる」
(goo辞書より引用)

本作『法悦のマグダラのマリア』が示しているのは、マグダラのマリアが30年間に渡って断食と悔悛の日々を過ごしたとされる場面。マグダラのマリアは、日に7回現れる天使により天に上げられ、天使の歌声を聴く機会を与えられていたとされます。つまり、マグダラのマリアは毎日7回、天国と地上を行ったり来たりしていたということです。

エピソードの混同から誤解されたマリア

聖書には何人ものマリアが登場しますが、マグダラのマリアは、それらのマリア像を融合させたと考えられる部分が多々見受けられ、罪深い女、ベタニアのマリアなどのエピソードがそのままマグダラのマリアのエピソードとして語られることもありました。

罪深い女とベタニアのマリア

たとえば、ルカ福音書に登場する罪深い女は、キリストが弟子たちとシモン家で食事をした際、キリストの足を涙で濡らし、自分の髪でその涙を拭った後、キリストの足に香油を塗ったとあります。現在では罪深い女とマグダラのマリアを同一視することはほとんどありませんが、マグダラのマリアのアトリビュートが香油壷であるのは、このルカ福音書の内容からだとする説もあります。

また、フェルメール作『マリアとマルタの家のキリスト』にも登場するベタニアのマリアもマグダラのマリアと混同されることがあるマリアで、ベタニアのマリアもキリストの足に香油を塗ったとあります。

ほかにも、マグダラのマリアはいかがわしい商売をしていた、贅沢の限りを尽くしていた金持ちの娘だったといったエピソードも散見されますが、これらは後付けされた解釈であり、聖書にはそれらを明確に示す記述はありません。

カラヴァッジョ作品以外のマグダラのマリア

マグダラのマリアのアトリビュート

グリューネヴァルト(祭壇画の一部)、ティツィアーノ、ラ・トゥールが描いたマグダラのマリア

聖母マリア同様、絵画や彫刻などのモティーフとしてしばしば登場するマグダラのマリア。キリストの磔刑や埋葬、復活は宗教画に描かれることが大変多い場面であり、その全てに立ち会ったとされるマグダラのマリアが多くの芸術作品に登場するのは必然といえます。

少し変わったところでは、ドナテッロの彫刻『マグダラのマリア』では痩せこけたマリア、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの油彩画『読書するマグダラのマリア』では物静かに読書をするマリアの姿などが挙げられます。

マグダラのマリアのアトリビュート

マグダラのマリアのアトリビュート(人物と関連する持ち物)は香油壷。マグダラのマリアがキリストの遺体に香油を塗ろうと香油壷を持って墓に訪れた際に、キリストの復活を目の当たりにしたことから、マグダラのマリアを主題とする作品の多くに香油壷が描かれるようになりました。香油壷以外では、十字架、頭蓋骨、茨の冠などをマグダラのマリアと共に描くことがあります。

絵画や彫刻作品に登場するマグダラのマリアは髪が長く、その多くが裸もしくは質素な衣服と赤いマントを身に着けています。

絵画の主題としては、本作のような法悦の場面のほか、キリストの足に香油を塗っている場面、読書をしている場面が多く描かれます。

『法悦のマグダラのマリア』基本情報

テキストのコピーはできません。