信仰の寓意
作品解説
『信仰の寓意』はヨハネス・フェルメールによる寓意画。『信仰のアレゴリー』『絵画の寓意』とも。フェルメールの作品としては唯一歴史画に分類されるこの油彩画は1670年頃に制作された作品とみられ、現在はアメリカのメトロポリタン美術館に所蔵されています。
構図や主題からフェルメール作『絵画芸術』と比較して語られることも多い『信仰の寓意』。キリストの磔刑図の前で胸に手を当てている女性は特定の誰でもない信仰の寓意像です。齧られたリンゴや磔刑図などキリスト教に関係するモティーフも多数描きこまれており、女性が少し高い壇の上にいるのはカトリックの祭壇を表していると考えられます。
プロテスタントの国であるオランダには宗教画の需要がほとんどなく、フェルメールがカトリックおよびイエズス会の寓意を描いていること自体が珍しいといえます。フェルメールは結婚を機にプロテスタントからカトリックに改宗したとも言われており、『信仰の寓意』はカトリックまたはイエズス会信者からの注文で描かれた作品なのではないかという説があります。
また、キリスト教のアトリビュートを詰め込んだ『信仰の寓意』の画面構成や、フェルメール死去後の財産目録にこの作品が記載されている(最期まで自身で所有していた)ことから、フェルメールが「こうした作品も描けますよ」と画業をPRするために制作したカタログ的な意味合いの作品だったのではないかという説もあります。
鑑賞のポイント
信仰の寓意像とアトリビュート
『信仰の寓意』で胸に手を当て天を見上げる女性は、実在の誰かではなく信仰を寓意化した人物。フェルメールが好んで使った鮮やかなフェルメールブルーに金の装飾が施された衣服、真珠の首飾りが優美な雰囲気を醸しだしています。
信仰の寓意である女性の顔は、天井から下がるガラスの球体に向いていますが、視線は少し違うほうを向いているようにも思えます。女性の表情や大げさなしぐさからは他のフェルメール作品とは異なった印象を受け、どこか不自然さすら感じるのは、彼女が実在の人物ではなく寓意像だからでしょうか。
テーブルの上には、聖杯を表す金の杯、聖書を表す大きな書物、茨の冠、十字架などキリスト教のアトリビュートが並んでいます。画中画の黒い額縁前にある聖杯、黒檀の十字架のキリスト、どちらも金属の光沢感が際立ち見事です。
信仰の寓意の構図
『信仰の寓意』を分割し、構図の秘密を探ってみましょう。
胸に手を当てた女性の顔は画面高さの1/2、女性が足を乗せている地球儀は画面幅1/2のあたりに配置されています。
椅子とカーテンは画面の左1/3、キリストの磔刑が描かれた画中画の左端は画面幅の1/3で上端は画面の高さ1/5となっています。
また、女性が肘を付いているテーブルは画面の下から2/5の高さで幅は画面の1/4、女性やテーブルが乗っている壇の高さは画面の下から1/5で幅は画面の1/2となっています。
計算された構図はフェルメールの他の作品にも見られますが、人や物をシンプルに配置するフェルメールにしては、『信仰の寓意』は画面を構成するアイテムがやや多い印象を受けます。
トロンプルイユとポワンティエ
画面左側にはトロンプルイユ(騙し絵)のカーテン(もしくはタペストリー)が掛けられており、鑑賞者である私たちは隣の部屋からカーテンをめくって信仰の寓意像を覗き見ているようです。
カーテンの光の表現には、白い粒を点描するポワンティエ技法が用いられていますが、フェルメールの他の作品と比べると『信仰の寓意』の光の粒は単調で輝きを表現しきれていません。
画面の左端にあるカーテンと床のタイルには画面に奥行き感を出す効果も。同じ構図で描かれているフェルメール作品としては他に『絵画芸術』があり、『信仰の寓意』としばしば比較されます。
タイルに散らばるキリスト教の象徴
タイルの上を這う蛇は頭を潰されて血を吐いています。蛇の生死は不明ですが、蛇はキリスト教の原罪の象徴であり、善が悪に勝利したと考えるのであれば死んでいるのでしょう。動物が描かれているフェルメール作品はこの『信仰の寓意』と『ディアナとニンフたち』の2点のみです。
奥に転がっている齧られたリンゴはキリスト教の知恵の象徴。楽園で暮らすアダムとイヴはリンゴの実を食べることを禁じられていたのですが、蛇にそそのかされて禁断の実であったリンゴを食べてしまい、神によって楽園から追放されています。
イコノロジアと地球儀
女性が右足を乗せているのは、フェルメール作『地理学者』にも登場する地球儀。
『信仰の寓意』の女性像や画面を構成するアイテムは、チェーザレ・リーパの図像学事典『イコノロジア』に基づいているとされており、『イコノロジア』の《信仰》の記述に「足の下に世界を踏みつけている」とあることから、『信仰の寓意』の地球儀は世界(地球)を表していると考えられます(参考画像はリーパ《真実》の寓意像)。
磔刑図と球面鏡のガラス玉
画中画はキリストの磔刑で、ヤーコブ・ヨルダーンス作『十字架上のキリスト』だと考えられています。
ガラス玉はキリスト教では理性の象徴、ヴァニタス(寓意画)ではこの世の儚さ・虚しさを表し、女性の衣服と同じフェルメールブルーのリボンで天井から吊るされています。ガラス玉は球面鏡となっており、おそらく画面のこちら側の室内が映りこんでいるのでしょうが、詳細は分かっていません。光の魔術師と呼ばれたフェルメールが描いた作品として考えると『信仰の寓意』の室内に射す光の表現は全体的に乏しいものであり、強い光の存在を感じるのはこのガラス玉に映りこんだ窓ガラスだけです。
基本情報
フェルメール展・開催中
2018年秋より東京・上野にてフェルメール展開催中、2019年2月からは大阪に巡回予定です。フェルメール展の展示作品や混雑状況、チケットの購入方法など別記事にまとめましたので、お出かけの参考になさってください。
●フェルメール展
上野の森美術館 2018年10月5日~2019年2月3日
大阪市立美術館 2019年2月16日~2019年5月12日
ヨハネス・フェルメールとは
フェルメールの生涯・作品・鑑賞ポイント
ヨハネス・フェルメールは、光の魔術師とも呼ばれるバロック美術の巨匠です。柔らかな光の溢れる油彩画を得意とし、代表作に『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『デルフトの眺望』などがあります。現存する作品が大変少なく、寡作の画家としても知られます。
YouTube動画 フェルメール全作品集
ヨハネス・フェルメールの全作品を4分にまとめた動画をYouTubeにアップしました。動画は今後も画家別に作っていく予定です。よろしければチャンネル登録をお願いいたします。