天秤を持つ女
作品解説
『天秤を持つ女』は天秤を持った女性に寓意性が込められたヨハネス・フェルメールの風俗画。『金を量っている女』とも。1664年頃に制作された油彩画で、現在はアメリカのナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されています。
オランダ市民の女性がモデルと思われる風俗画ですが、女性が持つ天秤は「何も乗せられていない空の天秤」であり、信仰心や寓意が込められた作品とも取ることができます。
左の窓から光が射し込む様子はフェルメールお得意の室内描写で、左の壁に掛けられた小さな鏡と黄色いカーテンは『真珠の首飾りの女』にも登場します。
鑑賞のポイント
計算し尽されたフェルメールの構図
『天秤を持つ女』を分割し、構図の秘密を探ってみましょう。
画面のほぼ中央に天秤、画面全体を4分割した右上に画中画、画面の上1/3の高さに鏡、画面の下1/3の高さにテーブル、画面全体の幅を1/2にした右側に女性が配置されています。また、室内を照らす光は、左上から右下へとキャンバスを斜め半分に区切るように射しています。
正確な遠近法で描かれた『天秤を持つ女』で、遠近法の点が集中するのは、キャンバスの中央に描かれた天秤。フェルメールが鑑賞者に最も伝えたいモティーフである天秤に視線を集める仕掛けです。
光の魔術師と呼ばれるフェルメールですが、完璧に計算された構図からは、彼がこだわっていたのが光だけではないことが分かります。
色彩の巧みな配置
女性が着用しているのは毛皮の縁取りが付いたアーミンと呼ばれるコート。テーブルの上に無造作に置かれた濃いブルーのクロスとほぼ同じ高さにあります。カーテンと女性のスカートはイエローで、左上と右下に配置されています。フェルメールは計算された構図のなかにポイントカラーのブルーとイエローを配置し、中央にある天秤や宝飾品の煌きをより引き立てました。
この『天秤を持つ女』から分かるように、フェルメール作品から覚える安定感・安心感の秘密は、計算された構図と、光や色彩の配置にあるのです。
最後の審判と空の天秤
白い頭巾を被った女性の表情は穏やかで聡明、頭髪が見えないことから修道女をも思わせます。
女性の後ろの壁に掛かっているのは、画中画である「最後の審判」。「最後の審判」は新約聖書の最後に記された「ヨハネの黙示録」の物語です。
ヨハネの黙示録では、千年王国の最後(この世の終末がやってきた後)に、全ての死者、つまり全人類が復活、そして「最後の審判」が始まります。生前の行いが記された「命の書」に名前の無い者(生前に罪を犯したまま死んでいる者)の魂は大天使ミカエルにより地獄に投げ込まれ、命の書に名前のある者の魂は天国の住人に選ばれ永遠の国で暮らすことができるという物語です。
大天使ミカエルは人の善行と悪行を天秤で公平に量ったとされ、宗教画や天使画に天秤を持った姿で描かれることが多い天使。『天秤を持つ女』の画中画では、女性の頭の後ろあたりに大天使ミカエルが描かれていると考えられます。
キャンバスの中央辺りには天秤やテーブルが描かれています。
人間が物をそっと摘むとき、手の小指はわずかに浮くものですが、フェルメールはそうした身体の描写まで正確に写し取って女性と天秤を描いています。両手の小指とも天秤と同じく水平を保ち、画面のバランスを取っているようにも見えます。
顕微鏡を使った検査により、女性が摘み上げた天秤には何も乗っていないと判明していることから、女性はテーブルの上に散らばった金貨や銀貨、宝石箱から溢れる豪華なアクセサリーを天秤に乗せる訳ではないようです。
では、女性は何のために天秤を持っているのでしょうか。
それは、前述した画中画「最後の審判」と関係があります。最後の審判では、人間の魂は天国と地獄に振り分けられます。人間が生前に行った善行と悪行の重さを天秤によって公平に量るのです。この女性が持っている天秤に同じ意味を与えるとするならば、この女性が天秤で量っているのは人間の魂の価値ということになります。
テーブルの上に散らばった金貨や宝飾品は、人間の虚栄心や物欲の象徴とも取れます。これらは天秤に乗せるほどの価値も無いということでしょう。フェルメールは『天秤を持つ女』に虚栄や物欲の空しさ、人間への戒めも込めたのかもしれません。
天秤を持つ女のモデルは誰?
女性の腹部が膨らんでいるように見えることから、「天秤を持つ女のモデルはフェルメールの妻・カタリーナ」とする説もありますが、当時オランダでは膨らんだシルエットのファッションが流行していたため、はっきりしたことは分かっていません。
基本情報
フェルメール展・開催中
2018年秋より東京・上野にてフェルメール展開催中、2019年2月からは大阪に巡回予定です。フェルメール展の展示作品や混雑状況、チケットの購入方法など別記事にまとめましたので、お出かけの参考になさってください。
●フェルメール展
上野の森美術館 2018年10月5日~2019年2月3日
大阪市立美術館 2019年2月16日~2019年5月12日
ヨハネス・フェルメールとは
フェルメールの生涯・作品・鑑賞ポイント
ヨハネス・フェルメールは、光の魔術師とも呼ばれるバロック美術の巨匠です。柔らかな光の溢れる油彩画を得意とし、代表作に『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『デルフトの眺望』などがあります。フェルメールは現存する作品が大変少なく、寡作の画家としても知られます。
YouTube動画 フェルメール全作品集
ヨハネス・フェルメールの全作品を4分にまとめた動画をYouTubeにアップしました。動画は今後も画家別に作っていく予定です。よろしければチャンネル登録をお願いいたします。