カラヴァッジョ作『ホロフェルネスの首を斬るユディト』解説
『ホロフェルネスの首を斬るユディト』作品解説
『ホロフェルネスの首を斬るユディト』は、旧約聖書外典「ユディト記」の一場面を描いた作品。初期バロック美術の巨匠・カラヴァッジョが1598-1599年頃に制作した油彩画で、現在はローマにある国立古典絵画館が所蔵しています。
暗闇にホロフェルネスの上半身とユディトだけが浮かび上がるカラヴァッジョの巧みな光の使い方が見事な作品です。
美しい未亡人ユディトが、敵であるホロフェルネスの寝込みを襲い首を切り落として国を救ったというユディト記は、ジョルジョーネやルーカス・クラーナハも作品にするなどカラヴァッジョ以前の画家たちにも人気の主題でしたが、今まさにホロフェルネスの首が切り落とされるというカラヴァッジョのショッキングな画面構成は、バロックおよびバロック以降の芸術表現に大きな影響を与えました。
きっかけはベアトリーチェ・チェンチの斬首刑?
カラヴァッジョが『ホロフェルネスの首を斬るユディト』を制作していた1598-1599年のイタリアは、ベアトリーチェ・チェンチの処刑で大騒ぎになっていました。
ベアトリーチェ・チェンチの罪状は父親の殺害。ベアトリーチェの父親フランチェスコは妻や子供に暴力を振るい、ベアトリーチェに性的な虐待まで行っていたひどい男で、家族は裁判局に父親の暴力を訴えますが、訴えは認められず、家族は絶望の中で父親を殺すことを決意。一家で父親を金槌で撲殺した後バルコニーから落とし、事故を偽装したのです。
ベアトリーチェらチェンチ一家は殺人罪で逮捕され、死刑宣告を受けますが、殺害の理由が父親にあることを知ったイタリアの人々は死刑判決に猛抗議。しかし処刑が取りやめになることはなく、1599年、ベアトリーチェは兄や継母らと共に公開処刑にて斬首されました。
カラヴァッジョがチェンチ一家の処刑を目撃していたかは分かりませんが、美しいベアトリーチェが処刑されるという悲劇は、カラヴァッジョも見聞きしていたと考えられます。ベアトリーチェ・チェンチの処刑が本作『ホロフェルネスの首を斬るユディト』に影響を与えた可能性も大いにあるでしょう。
恐怖と緊張に満ちたユディトたちの表情
カラヴァッジョ『ホロフェルネスの首を斬るユディト』のなかで、今まさにホロフェルネスの首を切り落とそうとしているユディトの表情は眉間に皺が寄っており、敵を倒すという意気込みよりも恐怖や嫌悪感のほうが強く表れているようです。
ユディトの横に立つ老婆は目を見開き、切り落とされるホロフェルネスの首を凝視しています。ホロフェルネスの生首を入れるための袋を持った老婆の手にはギュッと力が込められており、場の緊張感が伝わってくるようです。
生が尽きる死に際のホロフェルネス
ユディトの持つ剣はホロフェルネスの首の半分ほどまで食い込み、首を切り落とす直前です。すっかり油断し寝込みを襲われたホロフェルネスは、自分の身に起きたことが信じられないといった恐怖に満ちた表情で、首からは血が噴き出しています。
カラヴァジェスキによる同主題の作品
カラヴァッジョの活躍以降、カラヴァジェスキ(カラヴァッジョ主義者)と呼ばれる、カラヴァッジョの作風を真似る模倣者たちが現れました。
カラヴァジェスキとして知られるアルテミジア・ジェンティレスキは、本作『ホロフェルネスの首を斬るユディト』と同じ主題で作品を制作しており、アルテミジアの代表作となっています。
『ホロフェルネスの首を斬るユディト』基本情報
- 作品名:ホロフェルネスの首を斬るユディト
- Title:Judith beheading Holofernes
- 作者:カラヴァッジョ(カラヴァッジオ)
- 制作年:1598-1599年
- 種類:油彩、キャンバス
- 寸法:145cm×195cm
- 所有者:国立古典絵画館(ローマ)
別バージョンの『ユディトとホロフェルネス』は180億円超!?
新たに発見されたカラヴァッジョ『ユディトとホロフェルネス』の原本
『ホロフェルネスの首を斬るユディト』と同じ場面をモティーフにした『ユディトとホロフェルネス』が2014年に発見され、鑑定の結果、カラヴァッジョの作品であると発表されたことは記憶に新しいでしょう。
『ユディトとホロフェルネス』には別の人物が制作した模写が存在していますが、その原本がどこにあるのかは、これまで不明とされていたため、『ユディトとホロフェルネス』発見、そして本物と鑑定されたニュースは世界中の注目を集めました(一部専門家には”カラヴァッジョ作品でない”とする声もあります)。
『ホロフェルネスの首を斬るユディト』と『ユディトとホロフェルネス』を見比べてみると、ユディトと老婆の目線や立ち位置、歯を剥き出しにした野蛮なホロフェルネスの表情など、2つの作品は同じ場面をモティーフにしながら異なる点がいくつも見受けられます。何より画面のこちらを見つめるユディトの堂々とも憮然とも取れる表情は『ホロフェルネスの首を斬るユディト』には見られない表現です。
180億円ともいわれた『ユディトとホロフェルネス』の行き先
38歳という若さで亡くなり、現存する作品が少ないカラヴァッジョ。今回新たに本物と鑑定された『ユディトとホロフェルネス』がオークションに登場すれば、その取引額は日本円で122億〜184億円になるのではないかといわれていました。
しかし、2019年6月のオークションに登場予定だった『ユディトとホロフェルネス』は、オークション開催前に購入希望者へと直接売却される急展開に。『ユディトとホロフェルネス』の取引金額や購入者は非公開となっており、その詳細はわかりませんが、高額での取引が予想されています。
直接売却により「もう表に出てくることはないのか」と思われた『ユディトとホロフェルネス』ですが、近く美術館で公開する計画があるそうです。