シュルレアリスム(超現実主義)とは
シュルレアリスムは、フロイトの精神分析の強い影響を受けたフランスの詩人アンドレ・ブルトンが1924年に提唱した前衛的な芸術運動。シュルレアリスムの芸術家はシュルレアリストと呼ばれます。
「シュルレアリスム」という言葉は、詩人ギヨーム・アポリネールが「シュルレアリスト演劇」と銘打った演劇「ティレジアの乳房(1918年)」から引用された造語で、日本では「超現実主義」と訳されます。
シュルレアリスムは、両大戦間の時代の前衛的な芸術運動のなかで、もっとも影響力が強く、もっとも国際的な広がりを見せました。シュルレアリスムの影響力は、現在の広告や前衛芸術にも明確に現れており、シュルレアリスムをリスペクトした模倣作品やイラストの存在は枚挙にいとまがないでしょう。
シュルレアリスムを代表する手法・技法には自動記述式(オートマティスム)、デペイズマン、デカルコマニー・フロッタージュ、シュルレアリスムを代表的する画家には、サルバドール・ダリ、ジョアン・ミロ、マックス・エルンスト、ルネ・マグリットらが挙げられます。
シュルレアリスム(超現実主義)の特徴
シュルレアリスムでは、人間の心の中にある無意識の世界、夢の世界、理性にコントロールされない世界、現実には再現できない事物が背後にある世界などを模索し、人間の解放された精神、新しい絵画を創造しました。その鮮明で奇妙な世界観は、不安定で不条理、まるで夢のなかにいるかのような錯覚に陥る魅力があります。
無意識下の超現実を表現するシュルレアリスムの絵画に共通の様式はありませんが、シュルレアリスムの絵画作品をざっくり分けると以下の2パターンに集約できるでしょう。
まず1つ目は、無意識下の理性にコントロールされない状況で制作する抽象的な絵画や、思いがけないもの同士が出会う偶然性を利用した絵画です。その主な手法には自動記述式(オートマティスム)、デカルコマニー、フロッタージュなどが用いられました。代表的な画家にマックス・エルンスト、ジョアン・ミロらが挙げられます。
2つ目は、現実にはありえない世界、無関係な状況にありえない組み合わせの事物を並べた世界など、不安定で不条理な超現実空間をリアルな描写で表現した具象的な絵画です。「シュルレアリスムの絵画」と聞いて多くの人が思い浮かべるのはこちらかもしれません。代表的な画家にサルバドール・ダリ、ルネ・マグリットらが挙げられます。
アンドレ・ブルトンとシュルレアリスム宣言
シュルレアリスムの法王 アンドレ・ブルトン
シュルレアリスムの始まりは、フランスの詩人であり、理論家であったアンドレ・ブルトン。
精神医学を学び神経症の患者の治療にあたった経験もあるブルトンは、フロイトとマルクスの著作から多大な影響を受け、意識下・認識下では予測のつかない潜在意識にある想像力を自由に表現し、思いも寄らないイメージや芸術を創造する可能性を求めます。
詩や散文を自由に連想する過程、夢の世界など、現実世界で意識的に行われていることを排除した表現を重視し、構想することのない無意識のなかで記述する自動筆記や様々な表現技法に、新たな芸術の可能性を見出そうとしたのです。
アンドレ・ブルトンは、後に「シュルレアリスムの法王」「シュルレアリスムの父」と呼ばれました。
シュルレアリスム宣言
ダダイスムの支柱でもあったアンドレ・ブルトンは、トリスタンツァラとの対立を契機にダダから脱すると、1924年に『シュルレアリスム宣言』を発表します。
アンドレ・ブルトンはシュルレアリスム宣言のなかで、シュルレアリスムを「思考の真の働きと表現手段としての心の自動現象」とし、常識や慣習、倫理的先入観、理性によるコントロールにとらわれない、人間の解放を主張しました。
「私は夢と現実という一見したところまことに矛盾的な二つの状態が、未来において、一種の絶対的現実、いうなれば超現実のなかへと解消することを信じている」 — アンドレ・ブルトン、シュルレアリスム宣言集(訳:森本和夫)
アンドレ・ブルトンは、シュルレアリスム宣言を発表した1924年に雑誌『シュルレアリスム革命』を創刊。誌面にはエルンスト、デ・キリコ、マン・レイ、ピカビア、ピカソらの作品が掲載されました。
シュルレアリスム時代の流れと各地の動向
シュルレアリスムの始まりと終わり
ジョジュジョ・デ・キリコやダダイストらから多大な影響を受けたシュルレアリスムの本格的な始まりは、デュシャンがダダを退いた後、アンドレ・ブルトンによるシュルレアリスム宣言が発表された1924年。
キュビスム、ダダ、フロイト派などを出発点とし、ダダに参加していた多くの芸術家がシュルレアリスムに移るなど、その影響を引き継いだシュルレアリスムが最も活発だったのはサルバドール・ダリ、マックス・エルンストらが活躍した1945年頃迄で、シュルレアリストたちが独自の表現を広げていくにつれシュルレアリスムは縮小し、時代はシュルレアリスムから抽象表現主義へと変わっていきました。
シュルレアリスムはフランスからアメリカへ
フランスの詩人アンドレ・ブルトンが提唱したシュルレアリスムの当初の中心地はフランス・パリ。スペインのミロやダリ、ドイツのマックス・エルンストなど、自分のルーツを個性に取り込む多彩な芸術家たちが集まっていました。
1939年に第二次世界大戦が勃発すると、シュルレアリスムを提唱したアンドレ・ブルトンをはじめフランスのシュルレアリストたちは一斉にニューヨークへと脱出します。デュシャンは1942年にアメリカに渡るとすぐに最初の「ファースト・ペーパーズ・オブ・シュルレアリスム(シュルレアリスム第一書類)」の開催を働きかけました。
シュルレアリスムの代表的な画家・絵画
無意識下にあるイメージや連想を引き出し表現する手法を次々に開拓したシュルレアリストたちは、それぞれの想像力からシュルレアリスムの世界「超現実」を創造していきました。
サルバドール・ダリ
スペインからフランスに渡ったサルバドール・ダリは、シュルレアリスムを代表する画家。「シュルレアリスム」と聞いてまず最初にダリが思い浮かぶ方も多いことでしょう。
ダリは奇怪なイメージ、現実にはありえない世界を写実的な表現で描きました。チーズのように溶けた時計、手足が異様に長く折れ曲がった人間など、ダリの作品は強烈なインパクトを残しながらも、どこか親しみやすさも感じられます。
サルバドール・ダリの代表作に『記憶の固執』『ゆでたインゲン豆のある柔らかい構造―内乱の予感』『眠り』などがあります
ジョアン・ミロ(ホアン・ミロ)
ダリと同じくスペインからフランスに渡ったジョアン・ミロは、サルバドール・ダリの手法とは対称的な抽象画を目指しました。貧しさのためひどい空腹を覚えながら幻覚をスケッチしたこともあるミロの絵画は、記号的なイメージや幻想的名生き物をユーモラスに描いたり、どこか素朴で愛らしい作風が特徴です。
ジョアン・ミロの代表作に『オランダの室内Ⅰ』『世界のはじまり』『アルルカンのカーニヴァル』などがあります。
マックス・エルンスト
ドイツからフランスに渡ったマックス・エルンストは、シュルレアリスムのあらゆる手法を試した芸術家です。偶然性の強いフロッタージュやデカルコマニーなどの手法により、即興性や偶然性のある幻想的なイメージを利用する実験を行い、潜在意識にある無限のイメージを表現しました。エルンストのこうした手法は抽象表現主義などに受け継がれていきます。
マックス・エルンストの代表作に『オイディプス王』『花嫁の衣装』『近づく思春期…あるいはプレイアデス達』『セレベスの象』『沈黙の目』などがあります。
ルネ・マグリット
ベルギーに生まれた画家ルネ・マグリットは、ダリと同じく、現実にはありえない世界を写実的な表現で描きました。見慣れた風景やさりげない事物が奇妙に配置されたマグリットの絵画は、ダリとは異なる一見落ち着いた世界のなかに物事の本来の意味を変えるほどのインパクトを含んでいます。
ルネ・マグリットの代表作に『夏の階段』『人間の条件』『ゴルコンダ』『大家族』などがあります。
古賀春江
古賀春江は日本の初期シュルレアリスムを代表する洋画家。ちなみに古賀春江は男性(本名は古賀亀雄)です。セザンヌやパウル・クレーの作風に影響を受けるなど様々な作風の作品を制作した古賀春江が、女優や科学雑誌の写真をコラージュ技法で1枚の油彩画にまとめた『海』を発表すると、『海』は「シュルレアリスムを表した初めての日本絵画」と称されました。
古賀春江の代表作には、『海』『窓外の化粧』『白い貝殻』などがあります。
シュルレアリスム 重要キーワード
様々な技法を用いたシュルレアリスムの芸術家たち。シュルレアリスムを語るなかで頻繁に登場するキーワードを解説します。
自動記述式(オートマティスム)
アンドレ・ブルトンらが開発した手法「自動記述式(オートマティスム)」は、夢や催眠術、霊媒現象なども用い、論理的思考や理性によるコントロールを排し、意識下のイメージや連想を引き出し、超現実世界を創造しようとしました。
詩と相性の良かった自動記述式(オートマティスム)は、デカルコマニーやフロッタージュにより意識下のイメージを視覚化する絵画へと世界を広げ、たくさんの芸術家がこれに参加するようになります。自動記述式(オートマティスム)は世界中に広まり、宣伝広告や映画の分野にも多大な影響を与えました。
アンドレ・ブルトンとフィリップ・スーポー合作の詩集「磁場(1917年)」は、自動記述による最初の文学作品とされています。
デカルコマニーとフロッタージュ
デカルコマニーとは、絵の具やインクをつけた紙を二つ折りにしたり、別の紙に被せてこすることで、偶然出来た模様をイメージとして利用する転写の技法のこと。小学校の図工の時間に試したことがある方も多いかもしれません。
フロッタージュとは、木の葉や布地、板、石など凹凸やざらつきのある素材の上に紙を被せ、紙の上から鉛筆やチョークなど描画材でこすりつけて素材の質感を紙に転写する技法のこと。フロッタージュはフランス語の「こする」に由来します。
デカルコマニーとフロッタージュを組み合わせたり、さらに他の技法と組み合わせることで、自動記述的なイメージを得られることから、デカルコマニーとフロッタージュはシュルレアリスムを代表する技法のひとつといえるでしょう。
デペイズマン
フランス語の「異なった環境に置くこと」に由来するデペイズマンは、イメージが異なるものを組み合わせたり、本来あるべき場所から別の場所に移したり、ふさわしくないものや違和感のある予想外のもの同士を組み合わせることで、不条理な世界を生み出す手法。
その原点は詩人ロートレアモン伯爵の『マルドロールの歌』にあるとされています。
「解剖台の上でのミシンとこうもりがさの不意の出会いのように美しい」 — ロートレアモン伯爵、マルドロールの歌
ダダの世界観でも使われるこれらの手法はシュルレアリスムへと引き継がれ、ルネ・マグリットの作品などに多く見られました。
優美な屍骸
優美な屍骸(優雅な死骸)とは、文学や詩、絵画などを他人と共同で制作するシュルレアリスムの手法。
個人の意識よりも集団の意識を重視するシュルレアリスムでは、他人が書いたものや制作したものを見ることなく、自分が担当する部分だけを作るゲームにより、無意識のなかで偶然に完成する新たな芸術作品を創作しようと試みました。このゲーム中に実際に生まれた言葉「優美な屍骸」がそのまま手法の名前となっています。
シュールとは?シュルレアリスムとの違い
シュルレアリスムは「現実離れ」などの意味で使われる「シュール」の語源であり、シュールはシュルレアリスムの略称でもありますが、現代の日本で一般的に使われている「シュール」は、シュルレアリスムの略称とは違った意味を指しています。
漫才コンビのネタやギャグマンガを「シュール」と表現しているのを耳にしたことがあるのではないでしょうか。日本では一般的に、ナンセンスで理解不能な世界、非日常的な世界、幻想的な空想世界、独特で個性的な世界観などを「シュール」と表現します。
一方、アンドレ・ブルトンが提唱した「シュルレアリスム」では、夢や無意識下にあるもの、偶然の機会などにおいて、普段は気が付かない超現実(現実を超えた現実)を表現したものを指します。
メディアでシュールという言葉が盛んに使われた時期もあったことから、現在の日本では超現実を指すシュルレアリスムと違った意味合いで「シュール」という言葉を用いている場合がほとんどです。
シュルレアリスム作品を鑑賞できる展覧会
シュルレアリスムと絵画-ダリ、エルンストと日本の「シュール」
2019年12月15日(日)より箱根・ポーラ美術館で開催される「シュルレアリスムと絵画展-ダリ、エルンストと日本の「シュール」 」は、シュルレアリスム誕生から100年の今年、シュルレアリスムの変遷や拡大を100点の絵画や版画で辿る展覧会。サルバドール・ダリ、ジョアン・ミロ、マックス・エルンストらシュルレアリストたちの作品が多数展示されます。
奇蹟の芸術都市バルセロナ展
静岡市美術館で開催中の「奇蹟の芸術都市バルセロナ展」は、バルセロナの近代化が進んだ1850年代からスペイン内戦に至るまでの約80年間に焦点を当て、バルセロナが排出した多くの芸術家の作品を紹介する展覧会。スペインからフランスに進出したサルバドール・ダリやジョアン・ミロの作品も展示されます。
2020年2月8日(土)より東京ステーションギャラリーに巡回します。
シュルレアリスムに関する文学・映画・音楽は?
文学や政治的な影響を多分に受けて始まったシュルレアリスムは、文学から絵画・彫刻・写真へと表現を広げ、後世の映画や音楽にまで影響を及ぼしました。シュルレアリストによる作品、シュルレアリスムを題材にした作品からピックアップしてご紹介します。
アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』
シュルレアリスムの提唱者アンドレ・ブルトンによるシュルレアリスム宣言。自動記述による短文集「溶ける魚」も併録されているので、自動記述式がいまいちピンと来ないという方にもおすすめ(余計に訳が分からなくなる可能性も無きにしも非ずですが)。
シュヴァンクマイエル(画)『不思議の国のアリス』
チェコスロバキア・プラハ生まれのシュルレアリスト、ヤン・シュヴァンクマイエルが作画を担当した「不思議の国のアリス」は、ルイス・キャロルの不思議な世界とシュヴァンクマイエルの超現実主義的でグロテスクな世界が絡み合う、どちらのファンも大満足の一冊です。
映画『アンダルシアの犬』
ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる1928年に製作されたフランス映画『アンダルシアの犬』は、二人が実際に見た夢をモチーフにした映画。眼球を剃刀で切るシーンなど脈絡なくショッキングなシーンが続くので観る人を選ぶかもしれません。「アンダルシアの犬」で検索すると動画サイトで全編鑑賞可能です。
映画『天才画家ダリ 愛と激情の青春』
2008年のイギリス・スペイン合作映画『天才画家ダリ 愛と激情の青春』は、サルバドール・ダリ、詩人のフェデリコ・ガルシーア・ロルカ、映画監督を目指すルイス・ブニュエルの3人がサン・フェルナンド王立美術学校で出会い、ロルカがスペイン内戦で銃殺されるまでを描いた映画。
ダリ役は、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のセドリック・ディゴリー役、『トワイライト〜初恋〜』の恋人エドワード・カレン役で知られるロバート・パティンソンです。
映画『Dali Land』
現在制作が進められているダリの伝記映画。
ダリ役は『ガンジー』『バグジー』『セクシー・ビースト』などの名演で知られるベン・キングズレー、若き日のダリ役は、『ジャスティス・リーグ』『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』に出演した若手注目株エズラ・ミラーのキャスティングが発表されています。