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『オルナンの埋葬』ギュスターヴ・クールベ代表作の作品解説

ギュスターヴ・クールベ『オルナンの埋葬』作品解説

オルナンにおける、ある埋葬の歴史画

ギュスターヴ・クールベ『オルナンの埋葬』1849-1850年オルセー美術館

『オルナンにおける、ある埋葬の歴史画(以下、オルナンの埋葬)』と名付けられた、幅6メートルを超えるキャンバスに描かれた本作は、ギュスターヴ・クールベが1849–1850年に制作した油彩画。現在はフランス・オルセー美術館に所蔵されています。

『オルナンの埋葬』に描かれているのは、クールベの故郷であるオルナンで亡くなったクールベの大叔父の埋葬風景です。

田舎の農民の埋葬に「歴史画」という挑戦的な名前を付けた本作『オルナンの埋葬』は、『画家のアトリエ』と共に1855年のパリ万国博覧会の際に出品を拒否されました。

集団肖像画でもある『オルナンの埋葬』

オルナンの埋葬に描かれた実在の人々

ギュスターヴ・クールベ『オルナンの埋葬』に描かれているのは、クールベの故郷オルナンに住む人々。実在する人物が描かれていることから、『オルナンの埋葬』は町の人々の集団肖像画ともいえます。

クールベは町の人ひとりひとりをアトリエに呼んでモデルになってもらいました。後に物議を醸しだす作品になるとは思ってもいない町の人々は喜んでモデルに協力したといいます。

クールベ作『オルナンの埋葬』に描かれている人物

画面の左右いっぱいに広がるのは、司祭、要人、親戚や町の人々など埋葬されたクールベの大叔父の関係者たちです。

『オルナンの埋葬』画面左にクールベの妹たちと母

画面右にはクールベの妹たちや母親の姿が見えます。画面の両端には亡くなったクールベの祖父母の姿も。

『オルナンの埋葬』画面右にバイオリニストや教会の雑務係

画面左には『オルナンの昼食後』にも登場するバイオリニストらや教会の雑用係の姿。教会の雑用係の頬は赤く、飲酒が想像されることから、『オルナンの埋葬』はクールベの反社会的思想を表した作品だとする考えもあります。

『オルナンの埋葬』がサロンで問題視された理由

農民の葬式を壮大に描いた『オルナンの埋葬』

埋葬の主役であるはずの大叔父は地面の穴のみで表現

歴史上の人物でも聖書の人物でもなく、神話のような壮大な物語でもなく、いわば「寂れた田舎に暮らす、ただの無名の農民の埋葬風景(ここではあえてこう表現します)」を、クールベは英雄の葬儀であるかのごとく6メートルを超える大画面に描き出しました。

『オルナンの埋葬』で埋葬されているのは、クールベの故郷であるオルナンで亡くなったクールベの大叔父です。こうした主題は、本来であれば小さなキャンバスに風俗画として描かれるはずのものです。

共和主義や社会主義の高まりもあり、サロン出品時には主として絵画の大きさが問題になりました。

「歴史や聖書の人物、王の葬儀といった主題の絵画であれば大きな画面に描かれるのが妥当であるが、農民の風俗画としては不適切である」というわけです。

「これはロマン主義の葬式だ」クールベの名言

ギュスターヴ・クールベ『黒い犬を連れた自画像』

無名の農民の埋葬を描いた作品に『オルナンにおける、ある埋葬の歴史画』という挑戦的なタイトルを付けたことにより、クールベに対する非難がより一層強まったという面は否定できません。

故人の功績を偲ぶわけでも、感傷を誘うわけでもなく、ただ淡々と埋葬という行為そのものを写実的に描いた本作『オルナンの埋葬』について、クールベは「これはロマン主義の葬式だ」と説明しています。

1855年のパリ万国博覧会で出品を拒否された本作『オルナンの埋葬』と『画家のアトリエ』は、出品拒否への反発の意味を込めて、クールベ自身が万博会場の向かい側で開催した彼の個展に展示されました。

『オルナンの埋葬』作品情報

作品名:オルナンの埋葬
Title:A Burial At Ornans
作者:ギュスターヴ・クールベ
Artist:Gustave Courbet
制作年:1849–1850年
種類:油彩、キャンバス
寸法:315 cm × 668 cm
所有者:オルセー美術館